『ロレンソ:ドゥカティ加入から離脱(放出)までの詳細』
★ホルヘ・ロレンソ(37才)は2008年にヤマハファクトリーからモトGP昇格し、2010/2012/2015年にタイトルを獲得した。
2017年にドゥカティファクトリーに移籍し、2019年にはホンダファクトリーに移って、同年末に引退した。
★先日、ロレンソ元選手がスペイン『Dazn』のドキュメンタリーで次のように話した。
【ドゥカティ移籍のきっかけは?】
「(ドゥカティの)ジジ・ダッリーニャから初めて打診されたのは、2014年でした。彼は以前から僕を支持してくれていて…デルビやアプリリア時代に組んだことがあるもんですから。
ジジはマシンが僕の好みに合うならば勝てるって分かってたようだけど、でも、その時は『(ドゥカティ機は)まだ仕上がっていない』って言ってました。」
【その後、ドゥカティ機の戦闘力が上がってゆき…】
「2015年末頃、僕は新たな刺激を求めてたんですよ…ヤマハとの付き合いが、かなり長くなってたもんだから。
しかも、その年、僕はタイトルを取ったって言うのに、(ヤマハ側が)あまり盛り上がってくれなかったんですよ。まぁ、確かにメディアは、ヴァレンティーノ・ロッシのタイトル獲得を望んでたわけだし。
それで、僕はダッリーニャに連絡してみたんです…それが全ての始まりでした。
まぁ、その時は、『ドゥカティ機にも早々に慣れていけるだろう』って思ってしまってたんでしょうね。
(当時のドゥカティ機は)直線コースの方がプッシュが強く、ブレーキングでかなり安定したマシンだったんですが…基本的に、ヤマハ機のようなコーナー旋回はできなかったんです。
僕としては、ドゥカティ機もヤマハ機のように乗りたかったんですけどねぇ…それで、なかなか速く走れなかったんです。」
【しかし、その後、事態は好転し…】
「2017年シーズンはポジティブに締めくくれました…ドゥカティ側も僕のパフォーマンスに満足してたんで、2018年はどんどん良くなっていくって思ってたんですよ。
ところがねぇ…。」
【開幕早々、0ポイントレースが続いてしまい…】
「しかも、ヘレスでは…あの大転倒でしょ(※ペドロサ&ドヴィツィオーゾを巻き込んだ)。
チームメイトを巻き込んでしまったんですからねぇ…しかも、彼はマルク・マルケス相手にタイトル争いをしてたんだから。
その辺りから(ドゥカティ内が)じりじりした雰囲気になってきて…実際、僕を外して、ダニーロ・ペトルッチを後任にしようなんて話が出てきてね。似たようなリザルトだけど、彼の場合は僕の10分の1以下ぐらいの金額で済むわけだから。
崖っぷちだなって思ったんで、僕は(ホンダの)アルベルト・プーチに直接電話をかけたんです。」
【そして、2019年に向けてホンダファクトリーと契約した…】
「そのことは誰も知らなかったんですよ…その5日後、ムジェッロGPに出たら、(ドゥカティ機で)初めて優勝してしまったってわけです。」
【しかし、もはや遅かった…】
「遅かれ早かれ、ドゥカティがベストマシンになることは分かってたんですけどね…ジジ・ダッリーニャと言うのは本当に頭が切れるタイプで、かなり頑固だから。
だからこそ、一度手がけたら必ず勝てるプロジェクトにしてしまうんですよ。」
(参照サイト:『Motosprint』)
移籍を決めてしまったあとの2018年後半のロレンソはドゥカティに抜群にマッチしていたのは間違いなく、
もし移籍してなかったら2020年はミルとチャンピオン争いをしてたと今でも思ってます。
ドカで勝つ前の移籍決断から始まり、すでに下り坂だったホンダなのに自分が信じられなくなり、カタルニアでの多重クラッシュが追い打ちになって引退と、彼の判断ミスが重なった結果と思ってまして、本当にもったいなかった。
ホンダに引き込んだらしい?マルケスも引退までは予想してなかったはず?
でも経済的にはホンダ移籍の契約金は凄かったはずなので、最後の賭けには十分勝ったと言えるのかもしれないですね。