モトGP『マルコのために泣かないで』
あまりにも早く、すり抜けて行ってしまった命…その悲劇の内側に、打ちのめされ家族の深い痛みが…周囲をおもんばかり自制された痛みがある。
パドックでは父パオロさんの髪を優しく包む両手が…遠くから、そっと撫でる母ロッセッラさんの両手が感じられ、また、マルコがとても可愛がっていた妹マルティーナさんの沈黙。
想いを託した言葉、涙、動揺、失意。それらが全て一緒になって、あの信じがたいシッチの死の周囲に溢れているのだ。
「どうぞ皆さん、泣かないでください。」と母ロッセッラさんが言う。
たった一言だけ、
「マルコのために泣かないでください。皆さんが泣いているのを、息子は決して見たがらないでしょうから。」と、やはり涙を見せずに言う。公衆の面前ではないが、顔をしっかり上げ、両手を固く握りしめている姿が涙を誘う。
TVニュースの映像や新聞の写真に映るその姿は、生気のない表情ながらも気丈さを見せていた。固く結んだ口元、まるで言うことなど何もないかのような、それか、痛みを表に出せるほどの力も残っていないかのような。
イタリアから遠く離れた地で、父パオロさんは生ける屍のようになっている。両手で頭を抱え、眼鏡の奥で閉じられた瞳。パドック内を歩き回り、固い握手、抱擁、そして事故の様子を伝える。
沈黙が続く一日は、たった一つの問いにさえ答えない。
「なぜ、彼でなければならなかったのか?」
そして、
「あんなに正直な、良い青年が。」と。
マルコとの別れは、言葉少なく、だが、涙で溢れている。
恋人のケイトさんの瞳、表情から、とめどもなく溢れて来る痛み。
ヴァレンティーノ・ロッシは沈黙の仮面を被り、両手ですっぽりと顔を覆い泣いている。なぜ…と何度も問い、それがわずかな言葉になって出てきているのか。《寂しくて寂しくてたまらなくなる》と。
わずか24年の人生を奪った非業の死を説明できる言葉など出てはこない。だから、妹マルティーナさんは語ることを辞め、部屋に閉じこもっているのだろう。ひっそりと沈黙の中、たった一人で負う痛みと言うものがあるのだから。
母親が息子の友人らに向かって、
「あの子のために、どうぞ泣かないでください。」と言う。
その一言だけ。顔を上げ、どっしりと構え、多くの想い出を抱えながら。
(日本語翻訳:La Chirico / 伊語記事:Sport MEDIASET 2011年10月24日)
訳してる最中、泣けて仕方がありませんでした。
マルコ・シモンチェッリ選手のご冥福を心よりお祈り申し上げます。