『ペルナット:ロッシもヘイデンの強さは認めていた』
[pe2-image src=”https://lh3.googleusercontent.com/-TxsheNhYzfE/WSbUtjN_yWI/AAAAAAAA9k0/vtb2JPkmcpgAMTyy9JJR-i9zzVeZBzr5QCCo/s144-c-o/hayden-rossi1.jpg” href=”https://picasaweb.google.com/111128335808353501766/6424055797917182545#6424055797503740258″ caption=”” type=”image” alt=”hayden-rossi1.jpg” ]
★5月22日(月)、ニッキー・ヘイデンが死去した。
★伊モトGP界ご意見番ことカルロ・ペルナット氏(カピロッシやシモンチェッリのマネージャーを経て、現在はイアンノーネ担当)が、ヘイデン選手について次のように綴った。
《このニッキー野郎…一人であの世に行っちまいやがって。
何がなんでも前に出ようと最後のハードブレーキングをかけてきたけれど、運命に抗うハードブレーキングなんてなかったってことか。
正直に白状するよ。2003年にニッキーがモトGP入りしてから、パドックで何百回も顔を合わせてきたな。ニッキーがホンダで世界選手権キャリアを始めた時…あの厄介なチームメイト、ヴァレンティーノ・ロッシと初めて組んだ時からだよ。ニッキーは誰に対しても、謙虚なビッグライダーなんだって印象を与えていた。
多分、遥か遠くケンタッキーから…トウモロコシが育ち、鶏やアヒルがごまんといる荒涼とした大地からやって来たってこともあったんだろうね。
ニッキーの謙虚さには、本当に皆がびっくりしたもんさ。珍しい感じもしたね。これまでモトGP界にいたアメリカン人は皆(シュエワンツ、マモラ、ケニー・ロバーツ)、大言壮語のうざい連中だったから。
ニッキーはいつだって違ってた。父親アールと同じ…父親から情熱を植え付けられたんだろ。ニッキーはアールに瓜二つだったから。
他のライダーと揉めてるとこなんか見たこともない。揉めて然るべき時さえ、揉めなかった。例えば、2006年、ヴァレンティーノ・ロッシを敗って世界チャンピオンになった時だよ。
あの年のエストリル決勝戦、当時、チームメイトだったダニ・ペドロサに衝突され、転倒してしまったことがあっただろ。ニッキーは最終的に、報道陣の前で公にペドロサを許していた。あんなに紳士的な態度と言うものを、私は生まれて初めて見たと記憶してるよ。
そして、その年のタイトルを獲得し、ヴァレンティーノ・ロッシはニッキーの強さを認め、ぐうの音も出なかったんだ。
ここイタリアでは居心地良さそうにしていたね。3年前からの夢を果たそうと、6月には婚約者のジャッキーと結婚するつもりだったんだって。
ニッキー、寂しくなるよ。5年間をドゥカティで過ごし、そのうち2年はヴァレンティーノと組んだ闘士ライダーで、戦闘力を高めようと血ヘドを吐きながらも、批判などおくびにも出さなかった。
ニッキーといい、シューマッハといい、サーキットでは時速300kmで走って命を賭けてた2人が、いったい何の因果でサーキットの外で楽しんでる時に…サイクリングやスキーでやられてしまうものなのか。
さよなら、ニッキー。偉大なライダーが逝ってしまった。そして、昨今まれに見るような好青年が逝ってしまったよ。》
(2017年05月24日『Gpone』記事参照)
心が温かくなるような良いコラムですね。
若過ぎる。本当に残念でならない。