MotoGP

『大事故で弟ポルが最善の状態に戻ってくれて…僕は引退を決めた』アレイシ・エスパルガロ

『エスパルガロ:大事故で弟ポルが最善の状態に戻ってくれて…僕は引退を決めた』

★10月4〜6日、日本GPが行われ、モトGPクラスのアレイシ・エスパルガロ(アプリリアファクトリー)が予選15位、スプリントは転倒リタイア、決勝9位だった。現在、総合11位(-258ポイント)。

★決勝後、エスパルガロ選手によれば、日本GPでのアプリリア機はグリップが極端に低く、マシンが上手く曲がらず、レース中もスピン三昧だったとのこと。
なお、マシンが改悪されたのではなく、(ドゥカティを筆頭に)他メーカー機が大きく改善されたため、レースでは以前より10秒ほど速く走らなければならないためスピンが多くなってしまったと。

★10月12日、エスパルガロ選手がスペインのマヌエル・ペシーノ記者のインタビューで、次のように話した。

【引退を決めた理由について、詳しく話してくれる?】
「今年、僕は初めて、リスクってものを実感しだしたんですよ。
これまで何回かケガをしてきたし、去年、うちの弟(ポル)も大ケガをして…ポルのケガが影響したかどうかは分からないけど、とにかく、リスクを感じ始めたんです。
このスポーツって、リスクを感じてしまったら、ポジティブなエネルギーを出しにくくなるもんじゃないですか。
(弟が大ケガを負った時)集中治療室に入った人間は限られていて…あそこのベッドに横たわってるポルの姿は、これまでの人生で見た最悪の光景の1つでしたね。
結局、ポルは引退することになってしまい…さいわい、僕は自分の意志で決めることができたけど、ポルはもうどうにもならなかったんですよ。
僕もすんなり納得はできなかったですよ…ポルはまだ戦闘力が高かったんだから。まだまだプロとしてやれるって感じだったんですからね。
ところが、(引退後の弟は)わりと早々に以前よりも幸せそうな感じになって…以前より穏やかで、くだけた感じになってね。
不思議なもんで、あの事故のおかげで弟が最善の状態に戻ってくれたって感じなんですよ。
オートバイ以外の人生って言うのも、こんなにあるもんなんだって…思わされた瞬間だったんですよね。」

【具体的には、いつ引退を決めたの?】
「よく覚えてますよ…あれはヘレスのスプリントでした。
転倒後、モーターホームに戻って、妻に電話し、『ラウラ、もうお終いだ…僕は引退するよ』って言ったんです。
自分としては不意打ちを喰らったような感じだったけど、でも、後悔はしてないです…正しい決断だったと思ってますね。」

[ 中編に続く ]

(参照サイト:『Corse di moto』)
(参照サイト:『Mowmag.com』)
(Photo:Instagram

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  1. Formula750 より:

    未練なくWGP500やmotoGPクラスを引退した選手はあまり記憶にないのですが、(体が満身創痍状態で限界も多々ありましたが)
    中編以降の掲載を興味深く待っています。

  2. テック21 より:

    満身創痍になりながらも走り続けるマルケス、一方、ポル、アレイシの様に余力を残しながら引退して行く。 ギラギラと走り続けるマルケス、そして穏やかな表情でおどけるポル、そして家族を思い、友人を思い、自分に正直に生き続けるアレイシ、どの生き方も格好いい。 モトGPキャリアではあまり運に恵まれなかったポルだけど、これからの長い人生、得たものを生かしながら、失ったものを取り戻して欲しい。 ポルが本当にいい顔してる。  

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