
『ピエトロ・バニャイア:息子が苦戦するのは、今が初めてのことじゃない…』
★今年のモトGPシーズン前半が終了し、総合順位のトップ3は以下のとおり。
首位マルク・マルケス(381ポイント、ドゥカティファクトリー)
2位アレックス・マルケス(-120ポイント、ドゥカティグレジーニ)
3位フランチェスコ・バニャイア(-168ポイント、ドゥカティファクトリー)
★最近、バニャイア選手の父親ピエトロ氏が、スペイン人記者マヌエル・ペシーノのインタビューで次のように話した。

【バニャイア選手は2013年に『Team Italia』からモト3デビューしたが、その際もかなり苦戦したようで…】
「(『Team Italia』では)何も教えてもらえず、とにかく、皆から叱られっぱなしでした…それで、マヒンドラのテストを受けようってことになったんです。
私の友人のエマヌエレ・マルティネッリ(※モト3クラスのチーフメカニック)が、当時、マヒンドラで働いていたんで…そのつてでね。
あるチームの代表からは、『そんなテストを受けたら、レース生命は終わるだろう』なんて言われたんですが、私達は契約解除を決め、結果を受け入れることにしました。
ところが、まさにそのタイミングで、VR46ライダーズアカデミーが誕生したんですよ。」
【あのヴァレンティーノ・ロッシの若手ライダー育成プロジェクトが…】
「プロジェクトの初期段階で、ウッチョ(ロッシ心の友)から加入するよう誘われて…ペッコはもう大喜びでねぇ。すっかり落ち込んでいたところから、また二輪レース熱が再燃したんですよ。
そうやって、『SKYチーム』での修行が始まったんです。チームメイトはロマーノ・フェナーティだったんですが…まぁ、出来たばかりのチームと言うこともあり、シーズン中はスタッフの入れ替わりも何回かあったし、ロマーノとも1度ごたごたがありました。」
【2015年にアスパーチームに移り、マヒンドラ機でモト3参戦をし…】
「そこでホルヘ・マルティンと組むことになったんですよ…2人はすぐに親しくなってねぇ。いつもくっついてました…食事もいつも一緒、部屋も同室でねぇ。」
【当時、バニャイア選手はまだ地元トリノに住み、なかなかトレーニングができなかったそうで…】
「それで17才の時に、ペーザロ(タヴッリャ最寄りの地方都市)への引っ越しを決めたんです。妻はいい顔をしなかったんですが、ペッコの意志が固かったんでね。
ロッシの友人ではない選手がアカデミーに加入するのは、ペッコが第一号だったんですよ。そのせいもあってか、本当に良くしてもらいました。」
【バニャイア選手の長所は?】
「他の選手の走りを、実に熱心に観察しようとする姿勢には驚かされますね…テクニカルな動きへの関心が強いようでね。
あとは…スポーツマンであり、穏やかで集中力があり…見栄をはるために自分らしくないことをする気はないですね。」
★ちなみに先日、ドゥカティがハンガリーGP開催サーキットでプライベートテストを行い、『Panigale V4』機でバニャイア選手が1分41秒468を記録し、マルク・マルケスが1分41秒5だった。
(参照サイト:『Gpone』)
(参照サイト:『Gpone』)
(Photo:Instagram)
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こう言った経緯を聞くと、尚更に精神面で安定した環境が必要なんではと思う。