『ミザノGPこぼれ話』
★ヴァレンティーノ・ロッシは以前より地元タヴッリャにある私設トレーニング場『ランチ』にホルヘ・ロレンソを誘っており、今回のミザノGPで再度誘ったところ、冬期オフシーズン中の12/1月あたりで日程を調整するところまで話が進んだ模様。なお、マルク・マルケスは既に訪れたことがある。
ロレンソ選手のコメント。
「行ったことないんですよね。行きたくなかったわけではなく、今は重要な戦いの最中だし…目新しいことをする気になれなくて。ケガするかもしれないしね。でも今回ミザノで、その件については(ロッシと)また話したんですよ。招待してくれたんで…きっと、シーズンが終わったら行くでしょう。(ロッシは)若手ライダーと一緒にトレーニングするのに素晴らしい場所を作り上げましたよね。」
★マルク・マルケスはモトGP昇格後、今回、ミザノで初優勝を決めた。あと同クラスで優勝できていないサーキットはフィリップアイランドと茂木の2ヶ所のみ。
なお、今回のミザノ戦後、世界選手権キャリアにおけるマルケス選手の優勝回数は49回となり、チームメイトであるダニ・ペドロサとタイ記録となった。
★ヴァレンティーノ・ロッシがラジオ番組『Radio Deejay』で、シルヴァーストーン戦の際、ブラッド・ピッドがパドックに訪ねて来たことについて次のように話した。
「実にワクワクするようなことで…特に僕の彼女とか、周囲の女性陣が凄かった…母や叔母も含めてね。
ブラッドはレースを観に来たんですよ…大のモトGP好きですからね。彼自身、アメリカではオートバイに乗ってるし。ファンで、特に僕のことを応援してくれていてね。でも、アンジェリーナ(ジョリー)が来たことは一度もないですね。
(シルヴァーストーンでは)スタート前に来てくれて…だから、頭がレースばっかりになってたんで、挨拶して、一緒に写真を撮っただけなんですよ。何年か前は、ムジェッロに来てくれたんで、もう少し時間があったんだけどね。」
★9月12日(土)、ヴァレンティーノ・ロッシが予選中、故意に低速で走行したとして処罰されていたが、ジョニー・エルナンデスもチェッカーフラッグが降りた後に周回をしようと試みたことで処罰されていた。エルナンデス選手もロッシ同様、危険行為ライセンスに1ポイント科せられただけで、今のところは具体的な処罰は受けない。
モト3クラス予選でもヒロキ・オノおよびホルヘ・マルティンが走行ラインを低速で走行したため処罰され、日曜のウォームアップ序盤の10分に参加できないうえ、グリッド順位も3つ下げられた(オノ選手10位⇒13位、マルティン選手15位⇒18位)。
一方、ヤクブ・コンフェイルはエンジンおよびエアーボックスに無認可のパーツを搭載していたため、ウォームアップは参加できず、レースでは最後尾スタートとなった。
★ミザノ戦モトGP決勝戦では2位ブラッドリー・スミス、3位スコット・レディングとなり、約40年ぶりにイギリス人ライダー2名が表彰台に上がった。
ちなみに最後は、1978年シルヴァーストーン戦のスティーヴ・マンシップとバーリー・シーン。
★モト2クラスにチーム・イタルトランスより参戦していたミカ・カリオが、マシンとの相性が悪く、みずからチーム離脱を希望し、受理された。
アラゴン次戦よりカリオ後任としてエドガー・ポンス(下記写真、20才、アクセル・ポンス弟)が同チームより参戦する。
ポンス選手は現在、スペイン選手権(CEV)モト2クラスに参戦中で、6レース中優勝4回、2位2回を獲得し、総合首位を維持している。
★チーム・フォワードはジョヴァンニ・クーツァリ代表の逮捕騒ぎの後、通常通りの活動を再開させ、今シーズン最終戦まで参戦できる模様。
なお、同チーム所属ライダーは以下の通り。
モトGPクラスはローリス・バズ、クラウディ・コルティ(※アラゴン次戦よりトニ・エリアスと交代)、モト2クラスはシモーネ・コルシ、ロレンツォ・バルダッサッリ。
(2015年09月09日『La Gazzetta dello Sport』記事参照)
(2015年09月12日『Gpone』記事参照)
(2015年09月13日『Omnicorse.it』記事参照)
(2015年09月14日『Omnicorse.it』記事参照)
(2015年09月13日『Marca』記事参照)
(2015年09月14日『Motograndprix』記事参照)
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やっと誘われたんだ…良かったね?で良いのでしょうか?