Screenshot『ピロがストーナーの走りを徹底解説:プレステでしかできないような操縦だった』
★ケーシー・ストーナー(40才)は2006年にモトGPデビューし、ロッシやロレンソ、ペドロサらと共に『ファンタスティック4』と呼ばれて一時代を築いた名選手である。
タイトルは2007年(ドゥカティ機)と2011年(ホンダ機)に獲得し、2012年末、27才の時に惜しまれつつ引退した。
★7月末、ドゥカティのミケーレ・ピッロ(テストライダー)が、アンドレア・ミーニョ(30才、元プロレーサー、現ロッシ陣営のモト3コーチ)のポッドキャスト『MIG babol』で次のように話した。
【モトGP業界で『一番才能ある選手は誰か?』と訊くと、昨今は必ず『ケーシー・ストーナー』と言われるが…】
「(2013年に)僕がドゥカティのテストライダーになった時、エンジニアからプロジェクトスタッフまで全員が『ドゥカティ機を乗りこなせるのはストーナーだけだし、これで優勝できるのもストーナーだけだ』と言い続け…ドゥカティ内全体に、そう言う認識が浸透してたんだよ。
当時のドゥカティ機はそれ自体は速いものの、最高タイムを出そうと思ったら心拍数を280まで上げなければならず、両腕もへろへろになって…僕は良くチームにこう言ってたんだ…『乗りやすくなければ、1日テストで80〜90周回なんて無理だって…皆、分かってるのかい?』ってね。つまり、まずは楽にある程度のレベルの走りができるマシンを作り、必要に応じて性能を高めていく必要があったんだよ。」
【一時期、ストーナーもドゥカティのテストライダーをやってたけど…?】
「ニーズは真逆だったねぇ…暴れ馬みたいなマシンを欲しがってたよ。
一度、セパンで彼のマッピングを使って1周走ってみたけど…すぐに『おいおい、ちょっと待ってくれよ』ってなってね。
コースに出て、ならし走行を1周しただけでミシュランのタイヤ1組がぼろぼろになってしまったんだから。信じられないでしょ。
ストーナーがテストライダーをやることになったのは、本人からの提案だったんだよ。こっちは内心喜んでねぇ…『よし、これで僕はレースの方に専念できるぞ!』って。ところが、結局、ストーナーはあの才能をたっぷり披露するために戻ったようなもんだったんだ。
テストライダーとして、広い視野で作業をするってことには興味がないようで…ひたすら自分のために作業してる感じだった。彼のマッピングで調整したマシンは、基本的にはストーナーにしか乗れないような代物だったんだよ。(ホルヘ)ロレンソも1回試してたけど、すぐにピットボックスに戻って来て…僕も1周でやめたしね。」
【そのマシンって、具体的にどんな…?】
「ストーナーはマシンを完全に自分でコントロールしたがってたんだ…大半のライダーとは異なり、トラクションなんかはアクセルとリアブレーキを駆使して自分で操作してたしね。
電制システムもいらない、アンチウィリーもいらないって…ストーナーにとってのマシン操縦と言うのは、『自分一人で全部やる』ってことだったんだよ。
例えば、『あそこのコーナーはどうやって攻略するの?』なんて訊くだろ…すると、そんなの絶対無理だろって感じの説明をしてくるんだ。
ロレンソやドヴィツィオーゾと話してると共感できるんだけど、ストーナーと話すと全然違うんだよ。説明を聞いてると、まずは『そう言うのプレステーションで見たことあるなぁ〜』って思ってしまってね。
でも、実際にデータを見ると、本当にその通り走ってるんだ。しかも、信じられないぐらい自然にやってのけるんだよ。僕もロレンソも真似して走ってはみたけど…でも、僕らだと自然にはできないんだ。」
[ 後半に続く ]
(参照サイト:『Gpone』)
(Photo:Instagram)





面白いですねえ。多分ストーナー本人にとっては当たり前過ぎて言語化できない分、ピッロが人間向けに翻訳している感じですね。