『ザマーニ:ヤマハはいつ復活できるのか?[前半]』
★8月20〜21日にヤマハがミザノサーキットでモトGP機のプライベートテストを行い、ファビオ・クアルタラー&アレックス・リンスが走行した。
また、カル・クラッチロー(38才、テストライダー)の代役としてアンドレア・ドヴィツィオーゾ(38才、2017〜19年にモトGP総合2位)も走行した。
★8月24日、イタリア人記者であるジョヴァンニ・ザマーニ氏(イタリア衛星放送『SKY』ピットレポーター)が、いつヤマハが復活できるかについて次のように予想した。
《ヤマハが最後にモトGP決勝で優勝したのは2022年のドイツ戦であり、最後の表彰台は2023年のインドネシア戦である。そして、今シーズンの最高リザルトは、ポルトガル戦の7位だ(※すべてクアルタラロー選手)。
ホンダ同様、ヤマハもコンセッション(優遇措置)を受けていて、シーズン中のエンジン開発が可能であり、プライベートテストの回数も多く、テストライダーと共に正規選手を走行させることもできる。
なおかつ、ピットボックス内の技術スタッフ陣も多数入れ替わっているのだが…いまだ、好リザルトを獲得できずにいる。
これが当たり前の状況なのか、それとも、努力のわりには思い通りに改善できないでいるのか…検証してみようではないか。
クアルタラローは、ドゥカティ時代のストーナーのよう
長い間、ヤマハはNo.1マシンとして君臨し続けたが、2017年にヴァレンティーノ・ロッシがヤマハ機の欠陥を指摘しだした辺りから失速し始めた。
当時、ロッシは2つの点を指摘していた…ドゥカティと比べ、マシンのグリップが不足していること、そして、作業の進め方についてだ。
2019年には状況がますます悪化したが、ファビオ・クアルタラローが好リザルトを出し…また、2020年にはフランコ・モルビデッリもタイトル争いをし…
このため、マシンの欠陥が覆い隠されてしまい、ケーシー・ストーナーがドゥカティ機に乗っていた頃と似たような状況になってしまった。
2021年には、ヤマハ機の戦闘力はそれほど高くはないものの、クアルタラローがタイトルを獲得した。
他のヤマハ選手陣は大きく引き離されていたものの、ヤマハは「ファビオの希望通り、エンジン馬力を上げれば良いだけで、マシンはそれほど悪くはないのだ」と思い込み、他の選手陣が改善を希望する箇所をなおざりにしてしまったのだ。
そして、2022年には状況はさらに悪化し…とは言え、クアルタラローがバニャイア相手にタイトル争いをしていたため、ヤマハはさらに遅れを取ってしまった。
技術的な限界点や作業方法の改善で出遅れ…しかも、その間にドゥカティが抜本的な技術革新を導入し、大きく変わっていったのだ。
2023年にヤマハはプライベートチームまで失うこととなり、状況はさらに悪化した…他メーカーに比べ、マシン開発のためのデータが少なすぎたのだ。
ヤマハは2018年から現在に至るまで、こうして戦闘力を落とし続け…そのため、復調するのがここまで難しくなってしまった。
コンセッション(優遇措置)は奇跡を起こさない
2024年、ヤマハは本格的な改革を始めた。冬季間中、リン・ジャーヴィス(ヤマハ・マネージングディレクター)が、現状を2004年シーズンと比較したほどだった。
ヤマハにとって劇的なシーズンとなった2004年とは…ロッシが加入し、あのマサオ・フルサワがレース部門の責任者に就いた年である。
ただ、当時はすぐにタイトルを獲得できたが、現在のヤマハは、たった1年で追い上げるにはあまりにも後退しすぎているのだ。
ドゥカティから移籍してきたマックス・バルトリーニのおかげで、作業の進め方が変わり始めてはいるが…大量の新マテリアルを試しただけで、結果はいまだ出ていない。
なぜなのか?
トップ陣との差があまりにも大きくなってしまっているからだろう…新しい作業方法に馴染むには時間がかかるうえ、スタッフも足りていないのだから。
ただ、2025年にはプラマックチームがプライベーターになるのだから、そうした点においては大きな助けになってくれるはずだ。ただし、時間はかかる。》
[ 後半に続く ]
(参照サイト:『Moto.it』)
(Photo:Instagram)
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