MotoGP

夢の途中、命を落とす若者たち:C.コスタ医師(モバイル・クリニック)

モトGP『コスタ医師:あらがいようのない悲劇を受け入れねば』




モトGP、そしてスーパーバイクのライダーらを守護天使のごとく見守って40年になるクラウディオ・コスタ医師は、幾度となく選手らの死に立合ってきた。それは、このスポーツの最悪な瞬間であり、答えのない問いに対し一つの答えを出そうとする瞬間だ。
マルコ・シモンチェッリの死から4ヶ月を経た…先週の金曜夜、オスカー・マッキンタイヤ選手(写真下:2月25日WSBフィリップアイランド戦のサポートレースST600中に亡くなった17才のオーストラリア出身ライダー)が、やはり一番好きなことをしながら…オートバイを走らせて勝つと言うことをしながら亡くなった。

レースに人生を捧げたコスタ医師は、次のように言う。
ああ言う若者が亡くなると、とことん辛いものです。深く考えさせられ、レースと言うのは危険なものではない等と言う幻想を打ち砕くような出来事でね。日頃は避けようとしている物事も、こう言う時は受け入れざるを得なくなる。まず、最初に来る反応は理由を探そうとすること…誰かの、そして何かのせいにしてしまおうとすること。悲惨な出来事への恐怖に何とか打ち勝とうとしてね。私達のように…いずれは死んでしまう者らにとっては自然な反応ですね。しかし、シモンチェッリ選手のご家族などは、悲劇をも受け入れることは可能なだと示してくれてましたけどね。」




若い命が砕け散った時の心痛を和らげるのは容易いではなく、コスタ医師もそれを隠そうとはしない。
「この若者らは一番好きなことをしながら亡くなったのだから…と言う考えに、私達はしがみつこうとするわけですが、しかし、それですっかり慰められはしないでしょう。何らかの慰めがあるのだとしたら、それは抽象的なもので…つまり、マルコやオスカーが夢を追う途中で亡くなったのだと言うような、彼らが抱いていた情熱は神々の糧なのではと。死や天国の向こうに何らかの場所があると…私は思うんですよ。今、彼らが辿り着いている場所がね。シモンチェッリ選手は今なお多くの人々の胸の中に生きているし、マッキンタイヤ選手もそうであるでしょう。夢を追う途中で命を落とした者と言うのは、最も大きな勝利を獲得するものなのです。命のあらゆる真正を示した勝利ですね。

事故の経緯はまったく違うとは言え、両選手とも…富沢祥也選手もそうだったが…他の選手らのマシンに轢かれて亡くなっている。
「サーキットの安全性を高めようと多くの事がなされてきたし、今なお多くのことがなされています。しかし、他のマシンに轢かれてしまった際のケガと言うのは、残念ながら大体においては致命傷になるほどなのです。安全性において、その点を改善するのはほぼ不可能と言っても良いでしょう。あのスピードで次から次へと走ってくるわけですから常に危険は付き物であり…もちろん、まだまだ減らしてゆくことは可能ではありますが。この手の事故が起きる可能性は常にあるし、我々としては、それが可能な限り減ることを望むのが精一杯でしょう。


(日本語翻訳:La Chirico / 伊語記事:Gpone 2012年02月26日



オスカー・マッキンタイヤ選手のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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POSTED COMMENT

  1. nav. より:

    それでも私たちはこの素晴らしいスポーツに魅了され、応援し続けてしまうんでしょうね。

    ライダーにとって、少しでも多く良い条件が整っていくことを切に願います。

    オスカー・マッキンタイヤ選手のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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