MotoGP

シモンチェッリ父『別れの言葉は伝えられなかった…』

モトGP『シッチ父:神は善人をお召しになる』




いまだ悲痛のどん底にいるパオロ・シモンチェッリさん…マルコの父親が、やっとの思いで話してくれた。
「マルコに別れの言葉を伝えようとしたんですが、もうどうすることもできなかった。皆さんがこんなに息子のことを思ってくれて、とても嬉しいです。こんなに皆から愛されてたなんて知りませんでした。純粋な奴だって分かってもらえてたんですね。自分のことを幸せ者とは言えませんが、でも、このことはとても喜んでいます。よく神は善人を天にお召しになると言いますが、もしかしたらそうなんでしょうかねぇ。」

また、あの事故の瞬間については次のように思い返している。
「私は救急隊員の方々の近くにいて、自分も手を貸そうとしたんですが、もうどうすることもできませんでした。マルコはもう亡くなってましたから。マレーシア当局やイタリア大使館、それからセパンサーキットのスタッフの皆さんに感謝してます。私達のためにずっと立ち働いてくれました。本当に素晴らしい方々です。それから、CONIのジャンニ・ペトルッチ会長をはじめローマではたくさんの方々に出迎えていただきました。たくさんの職員の皆さんが作業の手を止めて、マルコのことを見送ってくださった。」

「マルコは特別な人間だったし、おそらく皆さんもそう言う風に思ってくれてたのでしょう。純粋な奴で、そして戦士だった。おそらく、そのために亡くなったんでしょうね。息子のことはとても愛していたし、息子も私を愛してくれていました。偉大な奴でしたよ。毎回、レースの前には肩を抱き合って、あの日もそうでした。でも、効果はなかった。もしもマシンから手を離していたら、死なずには済んでいたでしょうね。
マルコは自分の周りにあるシンプルな物が好きでしたね。土曜日、私に向かって“疲れたよ。家に帰りたいな。”って言ってきたんですよ。でも、その後また、開幕戦の時みたいに元気になったんでね。きっと、レースでは良い結果を出せてたでしょうね。」

『MATRIX』に出演『闘士であれと私が教えました』
「息子に闘士であれと教えたのは私なんです。決して諦めるなと。それが良かったんだか、悪かったんだか…。」
深夜トーク番組『MATRIX』に出演した際、父パオロさんはこんな風に話した。
「あの日曜日、優勝したがってましたね。良い結果が出せるって分かっていたんですよ。私がやったことが良かったのか、悪かったのか?私は何かを間違えてしまったのか?分かりませんね。」
また、事故についてはこう付け加えた。
「偶然の結果です。あと10cmずれていたら、轢かれたのは頭や頸じゃなく肩だった。
亡くなった今でも、とにかく最高の息子ですよ。あの子のことはとてもとても愛していた。自分の部屋ではいつもバイクの横で寝てた息子です(訳者注:2008年に総合優勝した際の250ccマシン)。」

[10月26日公営劇場に設置された霊安所にてファンと最後の別れ]



(日本語翻訳:La Chirico / 伊語記事: Sport MEDIASET 2011年10月26日 写真



同番組は昨夜、私も観ました。この他にも色々興味深いコメントがあり、
お父さんが微かな笑みを浮かべて懐かしげに、こう言っていたのが印象的でした。
「スーパーに一緒に買い物に行った時、私がいちいち値段を見ながら品物を選んでいたら、マルコがこう言うんですよ。
“父さん、値段なんか気にするなよ。もう、うちは金持ちなんだから!”って。」

また、ゲストとして出演していた元F1ドライバーのアンドレア・デ・アダミック氏が
「ミザノサーキットの名称をシモンチェッリの名に改称したらどうだろう。」と提案。
関係者の方々も賛同し、ぜひ、実現に向け協力したいと言ってましたので、もしかしたら…。



マルコ・シモンチェッリ選手のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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POSTED COMMENT

  1. 栃木県民 より:

    救急隊が担架を落とした事が責められていますが
    お父さんは「彼らを責める気持ちはない」と言っていたようですね。

    事故現場に駆けつけたお父さんの
    「すぐそばに行き、担架を運ぶのを手伝って
    手を握り『チャオ、マルコ』と声をかけた」というコメントを読んで泣けてしまいました。

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