MotoGP

アレックス・マルケス『僕は兄マルクのメカニックになりたかった…』

『弟マルケス:僕は兄マルクのメカニックになりたかった…』

★アレックス・マルケス(27才)は2013年から世界選手権モト3クラスにフル参戦し始め、2014年に同クラスで総合優勝した。
2015年にモト2昇格し、2019年に同クラスで総合優勝を果たし、2020年にホンダファクトリーから兄マルクのチームメイトとしてモトGP昇格した。
同年開幕戦に兄マルクが負傷により長期欠場となったものの、アレックス選手は2位を2回獲得する活躍ぶりだった。
しかし、2021年にホンダLCRに降格してからは振るわず、2023年よりドゥカティ機に乗り換えたところ、再び上位争いができるようになった。

★アレックス選手が、ジョヴァンニ・ザマーニ記者のインタビューで次のように話した。

【貴方はホンダファクトリーからデビューし、翌年にはプライベートチームの方に移されていたが…】
「これまでの人生ずっと、僕は『マルク・マルケスの弟』と言う重荷を背負ってきました。
ホンダのファクトリーチームに入った時は、皆から『マルクの弟だから入れたんだ』と言われ…『モト2チャンピオンになったから』とは言われないんですよね。
タイトルを取るって至難の業だし、僕は2クラスで取っていて…別に、『ただ、ツイてたから』ってわけじゃないのに。あの時は奇妙な感じでしたけどね…素晴らしいことは素晴らしかったけど。
ホンダファクトリーからモトGP昇格した時は凄かったですよ。でも、ホンダLCRに降格させると言われた時は…最初の頃は厳しかったです。ちょっと変な感じと言うか…。
実力を発揮できるようなチャンスはなかったけど、兄のおかげでそう言う状況も乗り越えることができました。まぁ、結局、気持ちを立て直すことができたし。
ただ、(ファクトリーチームで)表彰台を取った時などは、チームとの関係も良好だったので…残念ではありました。良いもんではなかったですね。」

【子供の頃は、どんな感じだったの?】
「両親は二輪レースの大会のボランティアをやっていて…父は入場口で、母はカフェの方で働いてました。母は妊娠中もそこで働いてたんですよ。
僕らが生まれた頃、僕ら家族と叔父とで相変わらずパドック通いを続け…そうこうしているうちに、兄が『オートバイが欲しい』って言い始めたんですよ。
僕は、2〜3才の頃はそう言う気持ちはなくて…二輪レーサーよりもメカニックになりたいと思ってました。
兄がオートーバイに乗り出したら、父がメカニック的なことをやるようになって…それで、父がやってるようなことをしたいって思ったんです…兄がやってることではなくね。
その後もサーキット通いが続き、結局、僕も『オートバイが欲しい』って言うようになって…見ているだけでは嫌になったんですよ。
ある日、兄のマシンに乗ってみて…その時から、『(兄の)メカニックは他の誰かがやれば良いだろう』って思うようになったんです。」

[ 後半に続く ]

(参照サイト:『Mowmag.com』)
(Photo:Instagram

兄マルケス処罰について、ホンダの異議申し立ては妥当…って話は、note『2023 アルゼンチンGPまとめ』でどうぞ!

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