MotoGP

ドゥカティのこと…ストーナーはどんな風に思い出すのか?

モトGP『ドゥカティについて、ストーナーの思い出は?』




当サイトの読者の方から次のような質問をいただいた。
《今シーズン、ホンダであれだけ活躍した今、ストーナー選手はドゥカティ機のことをどんな風に記憶に留めるようになるのか…。タイトルを獲得させてくれたマシンとしてか、それともタイトル獲得のチャンスを奪ったマシンとして記憶に残るのか?》

なかなか興味深い質問である。
私の考えとしては、ストーナー選手はドゥカティ機のことをタイトルを獲得させてくれたマシンとして記憶に残すだろう。2007年のデスモセディチ機は本当にコンペティティブなマシンで、それと言うのも他のメーカーよりも際立って馬力のあるエンジンと、ブリヂストンタイヤのおかげだったのだ(常に他に差をつけていたのだ)。
その翌年以降、ドゥカティ機の威力は以前ほどではなかったものの、それでもストーナー選手は乗りこなしていた。
いくら操縦が難しいとは言え、確かにストーナー選手の転倒が多かったのは事実だが、でも本人にしてみれば、あれが最大に限界点ではなかっただろう。
あくまでもこれは私の意見であって、ライダー陣やチームマネージャー、メカニックらの意見も聞くべき…と言うわけで、ちょっとしたインタビュー調査を行ってみた。

ローリス・カピロッシ
「ストーナー選手はドゥカティに敬意を払ってるはずですよ。それほど目立ってもいなかった頃に抜擢してもらって、世界チャンピオンにしてもらったんだから。だから、ドゥカティ機のことは、タイトル獲得をさせてもらったマシンってことで記憶に留めてゆくんじゃないですか。」

ファウスト・グレジーニ
「世界選手権に勝たせてくれたメーカーって言う風に残るんじゃないですか。あそこのマシンに乗ってモトGPクラスで弾けたんだから。ドゥカティでは脅迫まがいのことをして引き留めてきたわけじゃない。本人の意思で何年もの間、あそこで走ってたんだから。彼向きのマシンだったってことは明らかですよね。」

ミック・ドゥーハン
「ほぼ確実に、あのマシンのせいで世界選手権で破れたって言う風に記憶に残るでしょう。ラスト2年なんかは、ケーシーはかなり無謀なことをしてたけど、いつも非常に速かったわけだ。チームメイトらにとっては彼のタイムに近づけるだけでも困難を極めていたんだしね。
ホンダ機では確実にもっと簡単でしょ。安定性も見せていたしね。ドゥカティ機でも勝ってはいたけど、もし他のマシンに乗っていたらもっと勝てたでしょうね。」

ローリス・レッジャーニ
「ドゥカティについては、あのマシンのせいで世界選手権で負けたって言うイメージが残るんじゃないの。単純な話で、ライダーって言うのは皆、獲得したタイトルより獲得できなかったタイトルの方が記憶に強く残るものだから。例えば、ローリス・カピロッシだって茂木で引退宣言した時、開口一番に“もう2つタイトルを取れるはずだったんだけど”って言ったんだからね。」

アンドレア・ドヴィツィオーゾ
「2つの印象が残るんじゃないですか。2007年にドゥカティ機でもって成し遂げたことは、別のメーカーのマシンでは無理だったでしょうからね。今年の彼を見て言うなら、2008〜2010年にもっとコンペティティブであっても良かっただろうし…だからと言って、もちろん、あと3つタイトルが取れていたと言う意味にはならないんですけどね。」

リヴィオ・スッポ
「世界選手権で総合優勝させてくれて、現在のようなライダーにさせてくれたマシンと言う風に、ドゥカティのことを記憶に留めるでしょう。恨み節は無しでね。」

アレックス・クリビーレ
「ドゥカティで総合優勝できた唯一のライダーであり、あのマシンを唯一乗りこなせたライダーですよね。他のメーカーに乗っていたら、もっとタイトルが取れたのかどうかは分かりませんが、もう少しタイトル争いに近い位置にいれたことは確かでしょうね。」

フランコ・ウンチーニ
「多分、ドゥカティと言うのは斜陽期にあったんじゃないんだろうか。ここ数年、ストーナー選手は世界選手権で競り合えるようなマシンに乗っていなかったでしょ。とにかく、デスモセディチ機は彼にとってパーフェクトなマシンだったんだから、そんなに悪い思い出なんて残っていないんじゃないの。」

ブルーノ・レオーニ(ストーナー選手のチーフメカニック)
「絶対、世界選手権で優勝させてくれたマシンって思い出でしょ。多少の後悔はあるかもしれないけれど、変化が必要だっただろうし、新たなモチベーションも必要だっただろうし。ドゥカティも今、そう言う必要があるんじゃ…。」

クリスティアン・ガバッリーニ(ストーナー選手のトラックエンジニア)
「きっと、世界選手権で優勝させてくれたマシンってことで記憶に残るでしょうね。初めてだったわけだし、だいたい初めてのことってのは忘れないもんでしょう。」

カルロ・ペルナット
「精神的にメチャクチャにされたマシンってことで記憶に残るでしょ。あれだけ転倒してたのも、昔は彼のせいだって思われてたけど、実際にはドゥカティ機のせいだったってことが分かったんだから。50%はチャンピオンタイトルをもたらしてくれたマシンとして、50%は安全性を欠いたマシンとして記憶に残るってところじゃないですか。」

以上がパドック内における各意見である。
読者の皆さんには逆の疑問も生じているのではないだろうか。つまり、
「ドゥカティはストーナー選手のことを、どんな風に記憶に留めるのか?
チャンピオンタイトルをもたらしくれた選手としてか、それとも、マシン開発の道を塞いでしまったライダーとしてか…。」


(日本語翻訳:La Chirico / 伊語記事 Moto.it 2011年11月16日



なぜストーナー選手に直接聞かない?…と思いつつも、まぁ直接聞いたって、そう悪いことは言わないか…


いや、あの歯に衣着せぬストーナー選手なら…はっきり愚痴るかもしれない…クリックPrego
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POSTED COMMENT

  1. 栃木県民 より:

    ドカ初年度の2007年に限れば、移籍したからこそ彼の真価を発揮できたのでは。
    (2006年にホンダでMotoGPデビューした時は転倒ばかりしていたし)
    2007年に関しては、MotoGPでの才能開花の年という意味では
    ドカ移籍が大きな転機になったのではと思ってます。

    そういう事も、2008~2010年の結果でかき消されてしまうのでしょうか。
    2009年にはマシンと無関係の本人の体調不良もありましたが。

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