MotoGP

シッチが逝って1ヶ月…

モトGP『シッチが逝ってから1ヶ月…』




マルコ・シモンチェッリが逝ってから、もう1ヶ月が経ってしまったと言うのに、まるで今でも僕らと共に居るようだ。あの笑顔、あの『なんてこった』の一言が、ずっと僕らのそばにあり続けたかのようだった。
あの日、あの10月23日のセパンで、『シッチ』はマシンを立て直そうとしていた。モトGPでの初勝利を決めようとしていたのだ。
それが…何百万ものファンが信じられない思いでTV中継を見つめる中、パドック全体が信じられない想いに沈む中、特に、父パオロさんの目の前で、過酷な運命は彼を遠くへと連れ去ってしまった。
シッチの死を一番最初に知ったのはパオロさんだった。再び息子の元気な姿を見られる希望がわずかなことも、慌ててスクーターで事故現場の息子の元へと駆けつけたものの、もはや返事が返ってこないと言うことも…。

その後、シッチの遺体がコリアーノの自宅へと戻ってからのことは、特別な、二度とは決して起こらないようなことだった。
コリアーノの町には多くの人々が押し寄せ、口元に笑みを浮かべるあの青年(母親ならば誰でも望むような息子だ…)へ最後の別れを告げに駆けつけた。
それにシッチのご家族が加わってくれたのだ。内に秘めた驚異的な力でもって報道陣を迎え入れ、決してうなだれず頭を高く上げた姿は想像を絶するものだった。愛するマルコは一番好きだったこと…マシンを…毎晩一緒に寝るほど好きだったマシンを走らせながら逝ったのだ…と言う想いで、この苦難に立ち向かっていったのだ。実際にシッチは、2008年にタイトルを獲得したジレーラ機を自室のベッドの横に置いて寝起きしていた。

そして、葬儀当日に起きた『奇跡』…。
流されて然るべき涙と共に浮かんだ笑顔。教会の前ではシッチお気に入りの曲、ヴァスコ・ロッシの『Siamo Solo Noi(僕らだけがいる)』が流され、大勢の人々がマルコの名を歓呼した。そして教会の外へ棺が置かれると、幼なじみらが、まるでぬくもりを伝えようとばかりにその周囲を車座になって取り囲んだのだ…。
ねぇ、マルコ、あの日、僕らはあそこにいて、人々がどれほど君を愛しているのかに触れることができたよ。それは普通の人々…オートバイのことは良く分からないけど、でも、君がどんなに素晴らしい人間だったかは分かる人々のことを言ってるんだよ。
もう1ヶ月が過ぎてしまったけど、僕らにとって、君はまだここにいる…。


(日本語翻訳:La Chirico / 伊語記事: Motograndprix 2011年11月23日



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