MotoGP

ストーナー独占インタビュー前編『ホルヘがケガをした時、これで決着がついたと…』

モトGP『ストーナー:ロッシがあんなに後ろになるとは思いもしなかった』




最速ラップタイムにPPと、非の打ち所のないシーズン。
ケーシー・ストーナー選手が掌中に収めたこの2011年は、実に多くの事件、予期せぬ出来事に見舞われたシーズンだった。
そのストーナー選手が当サイトの独占インタビューに歯に衣着せず答えてくれている。

総合優勝を決められたのはオーストラリア戦でしたね…シモンチェッリ選手がセパン戦で亡くなられる1週間前の。2度目のタイトルを祝うには最悪な状況となってしまい、予想もされてなかったことでしょう…。
「ええ。タイトル獲得のお祝いは周囲の人達としたんですが、それも水曜日まで…マレーシアへ向けて発つ前だけです。それ以降はお祝いのことはもう頭から消え、レースに集中してました。いつものようにね。実を言えば、あの日曜日の出来事で、ちょうど1週間前の雰囲気と正反対の状態に沈み込みました。」

シーズン序盤にはシモンチェッリ選手とトラブっていましたね。確か、ポルトガルで揉められていたかと…。
「いいえ、僕は揉めてないです。僕より他の選手の方が揉めてましたよ。僕らはその事について話してただけでね。
シーズン中盤からの上達振りには本当に目を見張りました。ミスから学んでね。あまり転倒もしなくなっていたし、リザルトも上げて行ってた。シモンチェッリ選手が僕らのレベルに達したとは受け入れがたくてね。
当然のことながら、僕らみんな、もう誰もこう言う不幸に見舞われて欲しくないと思ってます。」

少し楽しい話題にしましょうか。母国オーストラリアで、しかも26才の誕生日にタイトルを獲得すると言うのはどんな感じですか?
「あれ以上は望めませんでしたね。フィリップアイランド入りした時はレースに勝つことしか考えてませんでした。他のレースの時に勝ちたいと熱望するのと同じようにね。タイトルのことは考えなかったし、それに誕生日ってことでちょっとイライラしてました。みんながお祝いを言いに来てくれるんで、集中できなくって。でも、完璧な一日って言えるようなものでしたね。」

2011年のチャンピオンになれるだろうと、どれぐらいの時期から確信してましたか?
「正直な話、タイトルって言うのは本当に獲得するまでは誰の物でもないんです。まぁ、インディアナポリスあたりで思い始めてたってところでしょうか。その後のミザノ戦は調子が良くなかったんですが、理由は分かってましたから。疲れてたのと、時差ボケでね。アラゴンでは勝てたんで、茂木でも同様に行けるかと思ったら、ちょっとしたブレーキトラブルのせいでコースアウトさせられてしまってね。ホルヘが…不幸にもケガをしてしまった時、もう決着がついことは疑いないなと思いました。」

ヘレス戦でロッシ選手の転倒事故に巻き込まれた際は、また悪運に見舞われてしまったと思われましたか?
「ええ。それまで何年間かのシーズンは容易なものではなかったし、時にリザルトが付いて来てくれなかったんで。カタール開幕戦では出足が良かったのに、その次で転倒、ノーポイント、自分に過失はないのにね。また、悪運がつき始めたのかぁって思いました。そのうえ、ポルトガル戦では背中の痛みですからね。ホルヘやダニが本当に強かったんで、今シーズンは本当に厳しいものになると思ってました。それ以降は、できるだけ勝たなくてはいけなくなって。僕がこれ以上1つのミスもできないってことを、みんな知ってましたからね。1つ1つのレースでミスなく、最大限の攻撃に出なければならなかったんです。まさに強いプレッシャーを受けるような状況ですよね。」

そしてシルバーストーンではロレンソ選手が遂にミスを犯した…。
「ええ。僕自身は日本戦でのブレーキ故障を除けば、ミスは1つも犯しませんでした。実を言えば、ホルヘのミスのお陰でポイントリーダーにも戻れたし、タイトル獲得もできました。」

[ 中編に続く ]

(日本語翻訳:La Chirico / 西語記事:Solo moto 2011年12月26日




今回のインタビューはスペイン誌によるものなんですが…ストーナー選手は英語Onlyだから、発言もあんまり変わらないんでしょうねぇ…

『歯に衣着せぬ』って、もうストーナー選手の枕詞だよね…クリックPrego
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