MotoGP

『ロッシが先駆け、芳賀紀行は本物のサムライ、永井康友…』マッシモ・コルバスコ医師


当ブログでもお馴染み、イタリアのSBK専門記者パオロ・ゴッツィ氏のブログ記事から、またまたご紹介します。
イタリア人のお医者さんで、スーパーバイクのレースを専任している方の貴重なコメントです。


『コービィー、ライダー専任医師:43年間のレース人生』

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[上記写真:コルバスコ医師、レオン・ハスラム夫人とその子供達]

★マッシモ・コルバスコ医師(70才、プーリャ州ブリンディジ出身、ボローニャ在住、麻酔専門医)は1971年からレース選手を専門に診るようになり、奇跡的な回復や胸痛む葬儀の数々を見てきた。
かつてエンツォ・フェラーリが「走るのを辞めるか、泣くのを辞めるか…そのどちらかしかない」と言っていたが、現在でも2輪レースは危険なスポーツのままである。

★現在、SBKクリニカ・モバイル(移動診療所)の代表を務めるコルバスコ医師の著書から、その一部を紹介する。

《私がボローニャのリッツォリ病院に勤め始めた当時、私のような駆け出し整形外科医がGPレース中にイモラで救急治療を行なうには蘇生用の専用車が必要だったんだが、クラウディオ・コスタ医師が時代を先取りして、イモラの各コースに蘇生ポイントを設置したんですよ。選手が転倒したら、僕らは藁でできたバリアの間を走って行って、蘇生治療をするんです。それまで誰もそんな事を考えつかなかったんですが…凄いですよね。その後、クリニカ・モバイルが生まれて、僕はジョニー・チェコット(1975年世界選手権350cc総合優勝)の専属医になりました。まぁ、いかれたタイプの選手でね…コースの外でもそうでしたね。その後、1980年代には私は協会の医師団のメンバーになって…モトクロスの方に派遣されてね…雨の時は悲惨でしたよ…選手らは泥だらけで、治療に来られても誰が誰だが分からないんですから。》

《1989年、フランスのポール・リカール・サーキットで…私はイタリアチームの医師として参加して、ヨーロッパ選手らを担当しました。ちょうどスーパーバイクのレースも重なっていたんで、ジュゼッペ・モーリ(※ビモータの元代表)に呼ばれてね…彼の所の選手の具合が悪いって言うんで。その選手はジャンカルロ・ファラッパだったんですが、熱があってフラフラでした。錠剤を与えて、レースに戻して…そうしたら優勝したんですよ。何かの縁なんでしょうかねぇ…ファラッパも何年もの間、頻繁に運ばれて来る患者だったし。とにかく…壁に激突するやらで、全身の骨がばらばらになった状態で運ばれて来るんですよ。でも、絶対にオートバイに乗るって頑張るしね。そしてケガをする度に、更に速くなって復帰するんです。ファラッパは1994年に頭部を強打したため引退したが、今でも私の患者なんですよ。数日後には股関節手術をする予定なんです。》

《破格ライダーもどっさり診てきたが、トロイ・ベイリスみたいなのは他にいないね。ライダーとしても素晴らしいが、人間としては更に素晴らしい。私が尊敬している事は、本人も知ってますよ。2007年のドニントン戦の時、小指がぶらぶらになった状態で診療所にやって来たんですよ…2時間後のレース2で雪辱を晴らしたいから、切断して欲しいって言ってね。あいにく他にも問題があって、結局、病院へ行かせました。ほぼ五体満足で引退して、45才の今でも走ってますよね。ベイリスは決して老けないでしょう。》

《選手らは皆、度胸なら売るほどあって…深手を負ってるのにレースに挑み、激しい転倒の何時間か後にまたマシンに股がる姿を、私は見てきました。その中でも一番腹が据わっていたのはノリユキ・ハガ…ソルトレイクシティで土曜に転倒し、鎖骨を折った時ですね。通常の人間なら治癒するのに2ヶ月かかります…ライダーなら20日間。それが、ハガは2日後には走ってみせたんですよ。あれはね…いまだに、一体どうやったのか分かりませんね。転倒し、骨折して苦しんだら…子供や家族の事、将来の事を考えるもんだって思うじゃないですか。ところが、ハガは次の日の事しか考えてないんですよ…何が何でもレースに出る事しか考えない。本物のサムライですよ。》

《レース専任の医師をやるのはキツいですよ…最後は、選手の事がちょっと自分の息子のように思えてきてしまう。だから、取り返しのつかない状況になった時の事は想像できるでしょう。ヤストモ・ナガイはヤマハファクトリーで参戦していて、1995年のアッセン戦で転倒してマシンから振り落とされ、そのマシンが4mの高さから落ちてきて、押しつぶされてしまったんです。手の施しようはありませんでした…2日間、蘇生室に入れられ…オランダの医師達からは、機械を外すよう請われてね。痛ましい話でした。更に酷かったのは、昨年のアンドレア・アントネッリの転倒で…モスクワ戦で、一瞬の出来事でした。いつも笑顔の若者でね…スタート直前のクリニックでもニコニコしていて…もう居ないんですからね。》

《最近の選手は、一昔前の選手とは違いますね。今は、スタートの1時間前には全選手、マッサージをしにクリニックに来るんですよ。ヴァレンティーノ・ロッシが始めた事なんですが、16〜17才の選手らも同じように来ます。でも、本当にマッサージが必要なケースはごく僅かでね。ただの競争心なんでしょ。70年代は、ライダースーツを着たら、煙草を消して、アクセルを開けていたもんです。世間は変り、レースが変り、ライダーらも変りましたね。》

《スーパーバイクまでもブルジョワ化したなんて言う者もいるが…そんな事はないですよ。私は当初から見てきているが、ずっと同じだって言い切れます。私達は、皆、家族ですよ…選手にメカニック、医師ら。家族でもそうだが…治すのはケガだけじゃなく、気持ちの方もなんです。リザルトのスランプとか、チームの無理解とか…家族との問題までもね。クリニックでは人間の問題全てを診てるんです。それで良いんじゃないんですか。モトGPの方はそうじゃない…私は年間3〜4GPレースに付き添うが、全く別ものですね。フリープラクティス/予選が終わったら、ヴァレンティーノはごく親しい者達と自分のモーターホームに引きこもり、もう出て来ない。まぁ、ス−パーバイクの方は今のままだから大丈夫ですよ…こっちじゃ、スターが生まれるほどの金はないから。おそらく、(今年のSBK)カタール最終戦が私にとって最後になるんじゃないんでしょうかね。2015年も、またコースで待機するかどうか分かりません。今はSBKクリニカ・モービレは私なしでもやっていけるから。優秀な人材に委ねますよ。でも、声がかかるようなら、行きますけどね。44年連続になりますから。》

2014年11月13日INSIDE SUPERBIKE記事参照)


そう言えば…
最近、同じくゴッツィ記者のブログ記事で、シルヴァーノ・ガルブゼラさん(ロッシ選手の現チーフメカニック)のインタビューを紹介しましたが…
やはり、SBKの方がモトGPよりもアットホームだって言ってましたねぇ。

そうそう、そして…
現在、BSB選手権の方で活躍している清成龍一選手も、最近、骨折した鎖骨のリハビリで苦労されてましたが…
その後、上手く行ったんでしょうかねぇ…



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POSTED COMMENT

  1. kai より:

    永井康友、大好きだったなぁ
    日本人初のSBKフル参戦には心の底から応援しました

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