さて冬期オフシーズンって事で、各サイトのニュース掲載量もグッと減っておりますが…
先月、伝記本『Oltre』を出版したマックス・ビアッジ皇帝様が、本の宣伝がてらたまにメディアに露出してくれて…いや〜助かってます!
ビアッジ皇帝様…無口そうに見えて、なかなかの語り手なんですよ。
宿敵ロッシ選手とは本当に陰陽をなすとでも言うのか…
また別の味があって、喋り始めるとドキドキしますね。
★マックス・ビアッジが『Motoblog.it』サイトによるネット・インタビューで次のように語った。
「【ドリアーノ・ロンボーニ事故について】まさに運命だったんでしょうね…信じられないような出来事だった。僕は(事故は)目撃してないが、すぐに聞かされて…全部ではないですけどね。その後、じっくり説明してもらいました。(ロンボーニ元選手が)コントロールを失った後、マシンにしがみついて…ちょうどロデオみたいに、まさに抑えつけようとでもしてるような感じで…ただ、芝に入ってからスリップしてしまってね。そのままコースの別側の低速コーナー出口あたりに滑って行って…つまり、進行方向とは逆の方に戻って行ってしまったんです。後続していた選手(ヴィッツィエッロ)は、その時、自分の後続選手の走行ラインを妨害しないようにと後ろを振り返っていた…だから轢いてしまった瞬間は、本当に何が起きたのか分からなかったらしいです。まさに(マルコ)シモンチェッリの事故の時みたいなもんでね…色々な事が重なった結果なんですよ…通常なら同時には起きないような事がね。さっきも言ったけど、まさに運命だったんでしょうね。
【1998年ブルノ戦で500cc機で極端なウイリー(下記に映像有り)をしていたのが有名だが…】映像ではマシンが90度を越えてるように見えるが、実際のところは、まぁ、目の錯覚でしょ。リアショックアブソーバーが、あの瞬間、圧縮されてたんですよ。90度を超えたらマシンは倒れるはずでしょう…(あの状態で)もうブレーキをかけていて、コントロールし切れてました。とにかく、やらない方が良い類いのウイリーだね(笑)。あの時、気が変になるぐらい嬉しかったもんだから…何度も勝ってきたサーキットだったし…キャリアを通して10回は優勝してるんじゃないかなぁ。500ccでああ言うことをやったって言うのは、僕にとっては気が変になるような感覚でしたね。
【引退について】2012年にSBKタイトルを取った際、わずか0.5ポイント差でね(総合2位はトム・サイクス)…やっぱり、その時は引退しようかって気持ちにさせられましたよね。勝者として、良い思い出の中で辞めようか…とね。世界タイトルがああ言う僅差で決まるなんて事はなかったしね…F1ぐらいじゃないのかなぁ。その翌年のアプリリアとの1年契約が決まっていて…あとは僕のサインだけって状態だったんですよ。ただね、スポーツ選手としては通常、41才って言うのはもう終わってる年齢でしょ。だから、他の色々な理由から潮時だなって理解したんですよ。」
(Source:2013年12月10日 Motoblog.it記事より抜粋)
え〜と、その『ヤマハ500ccウイリー』の映像が、こちらです。
まぁ、皆さん、すでにご覧になってるでしょうが…なんでも念のためね。
よい子は真似をしないように…クリックPrego
ビアッジ、98年はホンダだったのに。
ソースサイト自体が間違ってますな。
あぁ〜本当ですね…気づきませんでしたぁ。
ヤマハは99年からですね!
有り難うございますね!!