MotoGP

ロッシ以下の選手とは大変:ジェレミー・バージェス

オートバイ世界チャンピオンのヴァレンティーノ・ロッシ選手がドゥカティへの移籍を発表して以来、当ブログではロッシ祭りが続いておりますが。
今や、ロッシ選手にともなってスタッフ陣も一緒について行くのかどうかが、けっこう話題になってますね〜。
特に取り沙汰されているのがチーフ・エンジニアを務める、ジェレミー・バージェス氏の進退について。
さて、そのバージェス氏が昨年11月に、こんな風に語っておりましたぞ。

オーストラリア 『わたしもバイクに、ロッシ選手と共に』

その冷静沈着さは名高く、今年、セパン・サーキット表彰台の下に立った時でさえ変わらなかった。ヴァレンティーノ・ロッシ選手のかたわらで働き、勝利には慣れてきたのだ。
『Dottore(ドットーレ:ドクターの意の伊語)』ことロッシ選手が世界タイトル9制覇を果たしてから、ジェレミー・バージェス氏(56才)の思いは既に2010年に向けられている。
しかし、バージェス氏はいつもこうなのだ。もの静かで、職場にみなぎる喧噪や熱気、興奮とは無縁であるかのような…。常に微笑みを浮かべ、それは、物事が上手く運ばない時でさえ変わらない。
ガレージでの1日の仕事が終わり、ヤマハのホスピタリティー・エリアにある居心地の良いパブで、スタッフらと一緒にビールで締めくくる時など、まさにそんな佇まいだ。
ロッシ選手がトップクラスに登りつめてからずっと、そのチーフ・エンジニアを務めてきた。強力な『右腕』だ。

情熱と言うものは年を追うごとに冷めてゆくものだが、その点、時代を代表する強いライダー達と組んできたバージェス氏はついている。ロッシ選手の以前では、マイケル・ドゥーハン、ワイン・ガードナー、フレディ・スペンサーらと組んできた。
全13回に渡る世界タイトル獲得に貢献しながら、オーストラリアのアデレードで妻クラウディーネさん(右下写真)と共に築いた自宅には、そんな気配は微塵もない。落ち着いた家庭的な空間に漂うのは、居間にまで入りこんできそうな大自然の静寂さだけ。


30年間の競技人生、400回以上のレース。しかし、家の中には思い出の品さえ飾られていない。
「思い出はね、全部、私の頭の中にありますから。家と仕事は切り離しておきたいんですよ。」

レースの大半はヨーロッパ開催ですが、移住を考えられたことはないのですか?
「どの国に住むかを決めなければならない時があったんですよ。オーストラリアに住み続けるか、妻の生まれたヨーロッパに住むか(編集部注:ベルギー出身)。結局、ここに住み続けるのが良いだろうって思ってね。大自然の真ん中にね。」

自然の中でひっそりと。しかし、近隣にあまり人が住んでいないようですが…。
「そうなんですよ。行き来し合うようなご近所は居ないんですが、仲間には事欠きませんよ。土曜日になると友人達がここにテニスをしにやって来ますからね。本物の、ちゃんとした芝コートがあるんでね。」

レースの合間には何をされているのですか?
「次のレースまで2週間ある時はね、水曜の朝に帰宅して、翌週の火曜日にはサーキットへ向かいます。アジア開催の時は、何時間か余計に家族とゆっくりできますね。サーキットがオーストラリアから近いからね。4ストロークが導入されてから、私の生活の質は向上しましたよ。仕事が減りましたからね。今じゃ、エンジンを見るのはサーキット場でだけ。以前はレーシング部門の方へも行ってたんですよ。」

現在の仕事に就かれたきっかけは?
「ほとんど偶然みたいなものでした。1980年に私はロンドンに居たんです。わずかな金だけ持ってね。ミック・スミスと言う友人から、モトGPのスズキ・チームでメカニックとして働いてみないかと言われました。当時のライダーはランディ・マモラ選手でね。」

ロッシ選手が一番長く一緒に組まれているライダーですが。もう10シーズン目ですよね。
「リラックスした素晴らしい10年間でした。もめ事は一度もありませんでしたよ。」

ロッシ選手のチームに加われた時、ロッシ選手は20才になったばかりでしたが。成長してゆく様子を側で見守られていたわけですね。
「その年代は誰でもそうですが、成長し大人になってゆきますよね。そう言う姿を見てきました。ただ、これは言っておくべきだと思いますが、精神性や習慣など、ロッシ選手は常に維持し続けてきましたよ。」

初めて会われた時のことを覚えてますか?
「まるで昨日のことのようにね。1999年のフィリップ・アイランド・サーキットでした。予選のあった土曜日の夕方でね。6時半でした。ホンダの500ccを見せるのに、ガレージで会う約束をしていたんですよ。当時、ロッシ選手はアプリリアの250ccに乗っていました。」

本人に会われる前は、どのようなことを考えていましたか?
「じっくり話を聞こうって思ってましたね。大きな未来が拓けている特別なライダーだってことは分かっていましたから。オーストラリア人のエンジニア勢を引き連れて、日本のチームに入ったわけです。つまり、自分の母国語が通じない環境にね。私はスタッフ達にこう言いましたよ。“もし、このチームが失敗したら、それは我々のせいだぞ”ってね。」

ロッシ選手が引退される時は、ジェレミーさんもご一緒ですか?
「そうでしょうねぇ。ロッシ選手と組んだ後、別の選手と組むのは一苦労でしょうからね。仮に若いライダーと組むことになっても、私はサポート的な立場でしょうね。私のチームには優秀なエンジニア達がいますから。」

ジェレミーさんのチームメンバーを教えてください。
「Alex Briggsとは1993年から一緒にやってます。Bernard Ansiauは、1998年のドゥーハン選手とのHRCチームの時に入ってきました。一番最後に加わったのはBrent Stevensで、それ以前はヤマハのカルロス・チェカ選手のところで働いていました。私達のチームには2004年からですね。そして実は、もう1人いたんですよ。Dick Smart、通称ビッグ・ディックと言う大男が。私達がヤマハに移籍した時に、彼だけホンダに残ったんです。」


ロッシ選手が新たに移籍したら一緒に行かれますか?例えば、ホンダに戻るとか。それか、ドゥカティに移籍するとか。
「ホンダに戻るとしたら、話はいく分簡単ですね。人も仕事のシステムも分かっていますから。ドゥカティはね、みんなイタリア語だし、多分、もうちょっと複雑でしょうね。」

それで、一緒に移籍されますか?それとも…。
「そう言う選択をしないで済むと良いんですがねぇ…。」

2010年は重大な年になるでしょうね。ロッシ選手はヤマハ残留か、別チームへの移籍か、それとも引退かを決断しなければならないでしょ。
「2010年は全員にとって重大な年になるでしょう。選手達の多くは契約が切れますからね。ヴァレンティーノの他には、ロレンソ選手、ペドロサ選手、それからドヴィツィオーゾ選手も。できるだけ早く、全てをはっきりさせることが重要ですね。」

ロレンソ選手がヤマハに移籍して以来、平穏なジェレミーさんのチームにどれぐらい影響があったのでしょう?
「去年(2008年)は少しだけですね。1年目でしたから。ただ、今はロレンソ選手を見るヴァレンティーノの目が変わりましたから。ロレンソ選手が最も脅威的なライバルになったんです。別のバイクを使うって言うのなら、もう少し受け入れやすくなるのでしょうが。」

ジェレミーさんのキャリアの中で、現在と似たような立場に立たされたことは?
「似たようなことはありましたね。ホンダ時代、ミック・ドゥーハン選手とアレックス・クリビーレ選手との間でね。最後の年にクリビーレ選手が、HRCのトップライダーだったドゥーハン選手を追い上げてきてね。チャンピオンだったドゥーハン選手は衝撃を受け、平静さを失い、そして、イースタン・クリーク・サーキットでの事故に至った。あの当時も今みたいですね。成長中の、勝利に飢えた若いライダーがいるってわけです。」

現在の状況では、誰が有利なのでしょう?
「追いかける選手の方ですね。チャンピオンと同じバイクに乗っているのですから。これは安心した気分でいられますよ。」

これほどエキスパートのロッシ選手でも恐れることがあるのですか?
「ヴァレンティーノは物凄いライダーです。しかし5年後、ロレンソ選手はまだキャリアのまっただ中にいるでしょう。そしてロッシ選手の方はと言えば、このまま続けていけばモトGPでの15制覇を遂げているでしょうね。」

ロレンソ選手はヤマハ残留にメリットがあるのですか?
「残留すれば、この2年間の経験を生かして行けるでしょうし、移籍すれば、また一から始めなければなりません。新しいマシンを開発していかなければならないしね。」

マシンをゼロから開発すると言うのは簡単なことではありませんよね。
「若いライダー全員が理解していない事の一つです。」



[バージェス氏も、かつてはライダーだった。1970年代、ヤマハ750に乗っていた頃の写真を披露。]

(日本語翻訳:La Chirico / 伊語記事:SportWeek 2009年11月7日




ロッシ選手から『オートバイ業界でのパパ』と呼ばれているバージェス氏であります。
7年前のヤマハ移籍の際は、1983年から在籍していたホンダを離れてロッシ選手について行ったんですが、今回はどうなんでしょうか…。


ちなみにバージェス氏、オーストラリアのカンタス航空では、
利用回数トップ100以内に入ってるんだそうです。
飛行機嫌いにはできない仕事ですね。
ロッシに同行祈願クリックPrego



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POSTED COMMENT

  1. machcat より:

    バージェスはやっぱりドゥカに行くのに不安を感じてるんですね・・ でも昔、バージェスが好きな国でイタリアを挙げてたから可能性は無くはないと思います。 何よりロッシに一緒にきてくれと言われたら断りにくいかも・・(^^;;

    でもあのドゥーハンですらクリビーレとの争いで平静を保てなかったってのは驚きました。 当時クリビーレとドゥーハンには明らかに差があったと記憶してますが、ピットの中ではそうでもなかったんですね。

  2. machcat より:

    バージェスはやっぱりドゥカに行くのに不安を感じてるんですね・・ でも昔、バージェスが好きな国でイタリアを挙げてたから可能性は無くはないと思います。 何よりロッシに一緒にきてくれと言われたら断りにくいかも・・(^^;;

    でもあのドゥーハンですらクリビーレとの争いで平静を保てなかったってのは驚きました。 当時クリビーレとドゥーハンには明らかに差があったと記憶してますが、ピットの中ではそうでもなかったんですね。

  3. chirico より:

    ロッシは、一緒に来てくれなかったら、ちょっと裏切られたって感じる…とまで言ってましたもんねぇ…。
    ジェレミーさんも、お子さんが12才と15才だそうで。そろそろ生活パターンを変えて落着こうか…なんて考えてないと良いんですが。

    ロッシも早々にボックス内に壁を作ったほどだから、やはり追われる立場の方が精神的にプレッシャーがあるものなんですねぇ。

  4. chirico より:

    ロッシは、一緒に来てくれなかったら、ちょっと裏切られたって感じる…とまで言ってましたもんねぇ…。
    ジェレミーさんも、お子さんが12才と15才だそうで。そろそろ生活パターンを変えて落着こうか…なんて考えてないと良いんですが。

    ロッシも早々にボックス内に壁を作ったほどだから、やはり追われる立場の方が精神的にプレッシャーがあるものなんですねぇ。

  5. とらん より:

    ciao!chiricoさ〜ん。シーズン中にこれだけ騒いでしまうと確実にレースに影響でるでしょうね。

  6. とらん より:

    ciao!chiricoさ〜ん。シーズン中にこれだけ騒いでしまうと確実にレースに影響でるでしょうね。

  7. chirico より:

    Ciao!とらんさん!!

    実は、この間のブルノ戦でロッシが5位だった件…
    もう、取り沙汰している伊紙もあったんですよ〜。

  8. chirico より:

    Ciao!とらんさん!!

    実は、この間のブルノ戦でロッシが5位だった件…
    もう、取り沙汰している伊紙もあったんですよ〜。

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