MotoGP

マックス・ビアッジが語る、その2:2001鈴鹿ロッシ『Fuck You』オーバーテイク

マックス・ビアッジ皇帝様が伝記本『Oltre』の宣伝がてらメディアに露出してくれてますが…
インタビュー記事『マックス・ビアッジが語る、その1』の続きです。
あっ、これで終わりですんで。

motoblog-biaggi-oltre.jpg

★マックス・ビアッジが『Motoblog.it』サイトによるネット・インタビューで次のように語った。

「【ヴァレンティーノ・ロッシとのライバル関係】こう言うもの凄い対立関係と言うのは役に立つと思いますね…ロッシvsビアッジがなかったら、オートバイレースは現在ある姿にはなってなかったんじゃないだろうか…人気って意味においてね。現在、イタリア国内で第3位のスポーツであり、常に成長を続けている。もし彼がいなかったら…そして、もし僕がいなかったら、双方ともこれほど『ビッグ』にはなっていなかったんじゃないだろうか。ただ、これら全てのせいでレベルは高い方へと向ってしまったけどね。2000年の表彰台は、常にイタリア勢で占められていたし、レース終盤ではよくイタリア人の選手2名でもって優勝争いが行なわれたもんですよ。

【2001年鈴鹿戦】(ロッシは)あのコーナーでアウト側の加速地点で抜こうとしてたんですよ。理屈では、できない地点…それか、こう言った方が良いかな…絶対にできると思わない限り、やってはいけない地点でね。彼はそれに挑み…僕としてはちょっと面目が立たないだろうって感じでね。(ジャコモ)アゴスティーニがよく言ってたんですよ…前を走ってる者が走行ラインを為すって。で、(ロッシは)あのコーナーでコースから外れてしまった…生憎、僕ら、接近しすぎてたもんでね。ただね、芝生の方に押し出すような事はなかったですよ…そう言うんではなかった。しかも、僕の味方になってくれた報道陣はゼロでね…ロッシが言ってた通り…その後の何年間かで良く分かりましたよ…皆、僕に遺恨ありって感じで、ロッシの味方でね。単純に、そう言う時期と言うわけで…。」
(Source:2013年12月10日 Motoblog.it記事より抜粋)

まず、こちらが例の2001年鈴鹿戦の映像ですね。
ビアッジ選手がロッシ選手を肘で押し出したのと、その後、ロッシ選手がオーバーテイク後に中指を立てる瞬間の映像が赤丸で囲まれてるんで分かりやすいかと思いますが…。


そして、こちらは表彰台すべてがイタリア勢で占められている写真。
左側から故ドリアーノ・ロンボーニ、マックス・ビアッジ、ローリス・カピロッシとなっております。

[下記写真はSolomotoサイトから抜粋しました]
solomoto-romboni-biaggi.jpg





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