MotoGP

ロッシ『シッチ死はむごかった、好きだから続けることにした』

『ロッシ:シッチ死はむごかった、好きだから続けることにした』

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★2011年10月23日、セパン決勝戦の最中、マルコ・シモンチェッリが転倒事故により死亡した。

★故シモンチェッリ選手はヴァレンティーノ・ロッシの親友であり、モトGPクラスに参戦し、ライバル関係になってからも友情は変わらず続いていた。

★セパン決勝戦でシモンチェッリ選手は転倒後、後続していたロッシ選手およびコーリン・エドワーズのマシンに轢かれた。

★『Riders』最新号でロッシ選手が、故シモンチェッリ選手について次のように語った。

「僕らは本当に仲が良かったんです。ほとんど毎日、一緒に過ごしてました。トレーニングの後はよく、カルロ・カーザビアンカ(※アスレチックトレーナー)の家に晩飯を食べに行って、シッチ(シモンチェッリ愛称)が寿司を持って来るんだけど、僕らの2倍は食べてましたね。
(セパン決勝戦の転倒事故に)僕も巻き込まれる形になってしまったのは、むごかったですよ。あれを乗り越えるのは厳しかった。ただ、一度も辞めようとは思わなかったけどね。
あの場に居合わせてしまったのが悔やまれます。もう2馬身前を走っていたなら、もう少し楽だったでしょうね。ただ、時の経過と共にシッチのことは、ポジティブなことだけを思い出すようになりました。
好きだから続けることにしたんです。そうでなければ、もう辞めてるでしょ。シッチの事故みたいなことは、乗り越えられないものでしょう。
もう、それなりの年齢で、タイトルも何回も取っていたんだから、引退しようと思えばできたでしょう。僕は2つの事を分けて考えることにしたんです。痛みと、そして、乗り越えなければならないもう1つの方を。
あと、キャリアのことも考えました。僕は続けたかったし、ヤマハに戻って、また勝てるようになりたかったんです。」

【VR46ライダーズアカデミーはシモンチェッリ選手を鍛えるために生まれたそうで…】
「2006〜2007年、シッチがスランプに陥っていて、強い走りができなかったんですよ。それで、僕のトレーニングを見せて欲しいって頼まれたんです。
友達とは言え、僕はトレーニング方法を人に知られたくなかったんですよ。だから、迷ったんですが、でも、モトクロスでトレーニングする時に相手がいてくれた方が良いんじゃないかって思ってね。
そう言う経緯からアカデミーが生まれ、その後、フランコ・モルビデッリも加わるようになり…でも、そうしたら、あのシッチの事故が起きてしまってね。
シッチ追悼と言う意味も込めて、このプロジェクトを続けることにしたんです。」

(2018年02月21日『Motorsport.com』記事参照)


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